2/27の夜、父が亡くなりました。

母が亡くなって13年

急に交通事故で母を失い、家族みんなでいるのが大好きだった父は絶望のドン底でした

寂しい、寂しいと口癖のように言っていました

でも若い頃痛めた膝の手術をする事を決意し、前向きに生きようと頑張りました

手術をして不自由な足が治れば孫の遊び相手になれると夢を持って

しかし、手術後は経過が良くなく軽快に歩くどころか、車椅子が必要な状態になり、飲んでいた薬の副作用でパーキンソンだと診断され、そのうち違う病気も発症し、昨年には寝たきりになってしまいました

父の介護は、独身の弟がしていました
ヘルパーさんにもお願いしたり、デイサービスにも通わせたりしていましたが、仕事をしながらでは負担が大きくなり、昨年夏に父は施設へ

長い長い介護でした

父は家に帰りたいと言って、みんなを困らせました

私も、nanaを連れて月に一度は父に会いに静岡まで行っていましたが、会うたびに痩せて生気がなくなっていく父の顔をみているのが辛かった

家に帰って暮らしたい
父の願いはそれだけだった

施設の生活に慣れてきた頃、今度は誤嚥性肺炎になり昨年末入院

もうダメかもしれない、と私は毎日ドキドキしながら暮らしていました

しかし父は、肺炎を克服しました

でもまた誤嚥性肺炎になりかねないと、口からの食事は出来ず点滴だけで生きていました

食べる事も大好きだった父

またひとつ、父から楽しみが奪われた

でも、少し頑張れば治って食事もできるようになるのではないかと父を励ましながらみんなで見守っていました

そして2月始め
弟からメールで、CVポートを埋め込む手術をしたと...

点滴だけでは栄養が足りないとの事
確かに父の体は、ほぼ骨と皮でした
CVポートから高カロリーな点滴をして体力をつけられると聞いて少し安心した

が、よく聞くと、それは延命措置との事

ショックでした

でも、肺炎も克服した父だから、きっとよくなる!
と自分に言い聞かせてみるも...

寝たきりで体も動かせない、喋れない、手も動かないので筆談も出来ない、食事も口から食べられない
でも意識だけはしっかりしているのです

そんなの生き地獄だょ

父の姿をみているのが可哀想で可哀想で
辛くて

昔、父と母が、延命措置はしてほしくない、と話していた事を急に思い出した

でもCVポートを外すことなんてできるわけない!

外したら父は...

私は、天国の母にお願いした
お父さんはもういっぱい頑張った
もうお迎えにきてあげて!と。

私が最後に父に会ったのは2/11。
翌週、肝臓の数値がとても悪くなってきたと弟からメール。
医師も原因が判らないって言っているそう

原因が判らないって?
なんで?

お父さん、辛いね
辛いよね
何もしてあげられなくてごめんね
毎日nanaを寝かしつけたあとは、そう父に話しかけていました

そして2/27

夕方、急に血圧が下がってきている
と連絡があり
帰省準備をしていたところに、父が亡くなったとの連絡。

父は精一杯頑張りました

そして、やっと念願の我が家に帰ってこれました。

今は小さな箱に入っているけど、我が家に居ます

今頃は、体も自由になって楽でしょ
大好きだった母と一緒にいる事でしょう

nanaの話しもしているよね
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お父さん

本当に本当にありがとう

ありがとうって、直接伝えたかったな